友人に言われた言葉「試験勉強ですら楽しまなあかんで」
去年くらいだったか、仕事の傍らで弁理士試験の勉強に勤しむ私に友人が掛けてくれた言葉がある。
「試験勉強ですら楽しまなあかんで」
私は焼肉が焼ける煙に包まれながらビールをグイっと飲んでその言葉を受け取った。なるほど。

確かにそうである。「試験勉強ですら楽しまなあかんで」という言葉。その心は、「人生とは『今』である」ということだと私は勝手に解釈し、口の中のナムルと共に腹の中に落とした。人生とは『今』なのである。再三このブログでは人生とは有限であるという話をしているが、何も変わらずにただ仕事に行って、家に帰ってきてというこの「今」がまさに人生であり、リアルなのである。まさかこの先に何かあるんじゃないの?これが人生なの?と思うかもしれないが、何もしなければおおよそ99%こんな感じでヌルっと人生は進んでいき、気づいたらよぼよぼになって死ぬ日が来る。
人生は「今」どう感じているかが全てであり、「違う」と思ったならそれは違うのである。近い将来に何か変化を起こせなさそうで、「違う」と思っていることは続けていても何の解決にもならない。
ネガティブシンキングは易きに流れてるだけである
私は自分のことを割とフラットな性格だと思っている。極端にネガティブにもポジティブにも依らない感じだ。そして、どっちもないというより、どっちもあるという性格だと思う。基本的にはネガティブシンキングなところがあるけど、それでは建設的な未来が開けないということも分かっているから、どうやってポジティブに捉えてみようかという考え方をする。
生まれつき根明でポジティブシンキングしかできないみたいな人もいるかもしれないが、それは天性みたいなものだ。基本的に省エネで済ませるためにはネガティブシンキングの方が都合が良い。もうどうせダメだと言ってしまった方が頑張らなくて良い理由ができるからだ。つまり、ネガティブシンキングの結果、もうダメだ!になるのではなくて、省エネで済ませたいから都合よくネガティブシンキングを「することにしている」のである。人は頑張らなくて良い理由を思いつく天才なのだ。
そうやってネガティブシンキングを繰り返して色んな事を諦め続ける人生を歩んでも別に良いのだけど、せっかくこの世に生まれたのにもったいないではないか。せっかく一瞬だけこの世に生まれたのである。この世を色々味わっておきたい。ネガティブシンキングを繰り返して自分の世界を”虫かご”の中に閉じ込めてしまうよりも、もしかしたら期待外れになって傷つくかもしれないポジティブシンキングをする。その結果、上手くいけば儲けもの。どうせ傷ついたところで最期は平等にみんな死ぬのだと思えば気楽なものである。朝の満員電車に乗ってる人たちも、親も自分も子供も上司も部下も夫も妻も全員100年も経てば1人の例外もなく全員この世からいなくなるし、この世にいた痕跡すら残らなくなる。人生とは最初から最後まで茶番なのだ。気楽なものである。
虫かごの中の人生
“虫かご”の中の人生が悪いとは思わないし、私もそういう風に省エネで生きたいという気持ちも死ぬほどある。頑張るのはしんどくて孤独だから。だけど、そうやって”虫かご”の中でずっと同じ景色を見ていると「あー死ぬ日を待ってるだけだな」とも思うのだ。転職前に仕事をしていた時はまさにそんな感じだった。「あー死ぬ日を待ってるだけだな」って感じだった。
死ぬ日をひたすら数えてじっと”虫かご”の中にいるような人生はあまりにつまらない気がする。これは人それぞれだから、”虫かご”の中の人生を否定しているわけじゃないし、ネガティブシンキングこそ至高であると心底思う人からすれば余計過ぎるお世話である。動物園の檻の中のライオンは餌にありつけない心配も、殺される心配もない。サバンナのライオンは毎日が弱肉強食の世界で生きる。どっちが幸せなのかは価値観の問題だ。
私自身の人生だけを考えれば、やっぱり明日に繋げたいのである。明日に繋げてもっと面白く、こんな景色は見たことないな!というのを見てみたいような気がするのだ。そういう気持ちと共に、私にも”虫かご”の中でじっとしていたいという気持ちもやっぱりある。やっぱり、動物園の檻の中のライオンを羨ましくなるときもある。それ以前にもしかして私は動物園の檻の中のライオンなのではないかとも思う。
やっぱり私はネガティブシンキングとポジティブシンキングの両方を繰り返すのだ。
なんだかんだで塞翁が馬
人生とは塞翁が馬である。結局、自分の人生を振り返ってみると、最悪だと思っていたことが次の良いことに繋がっていたり、最高だと思っていたことが次の最悪に繋がっていたりするものだ。
こんなに美人と付き合えて最高!と思っていたのに気づけば何で…?
あのとき振られたけど、その後に付き合ったこの子と何か上手くいってる。
人生とはそんなものである。良いことが次の良いことに繋がる保証もないし、その逆も然りだ。あんまり未来のことをくよくよ考えても仕方がない。過去をくよくよ考えるのも良くないけど、未来のことを考えるのもあんまり良くない気がする。過去も未来もどうせ今の話じゃないのだ。今に没頭する感じで生きてるのがいいんじゃないだろうか。


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