水の電離を無視することができるってどういうこと?【酸性水溶液のpHの求め方】

化学

水の電離はいつまで無視できるのか計算してみた

1.0×10-8 mol/LのHClaqのpHはいくらか?

1.0×10-8 mol/LのHClaqのpHを求めよ。

この問題、どうやって解くだろうか?pH=8って答えてしまいがち。

いやいや、薄い酸性水溶液なんだから、pH=7よりは絶対大きい答えになるはずだよねってことなんだけど、じゃあ、どうしてpH=8が間違いになってしまうのかという話を今回は計算式を用いて調べてみようという話です。

結論から言うと,『水の電離を無視できないから』pH=8じゃなくなるのですが、これはどういうことなんじゃい?というのが今回のテーマ。そこで、『水の電離を無視できない』の意味と、『どのくらいの希薄水溶液だったら水の電離を無視できないのか』を解説していく。

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『水の電離を無視できないから』ってどういう意味?

水分子ってほとんどはH2Oとして存在しているんだけど、ほんの一部だけ電離して、HとOHとして存在している。

H2O⇄H+OH(ほぼ左に平衡は傾いているが,ほんの少し電離している。)

これを踏まえて、HCl水溶液中にはどんなH+が存在するだろうか?

答えは、HClが電離して生成するH+とH2Oがほんの一部だけ電離して生成するHが存在する。

何度も言うように水が電離することで生じるHは『ほんの一部』なので、

HClが電離して生成するH>>H2Oがほんの一部だけ電離して生成するH

であり,H2Oがほんの一部だけ電離して生成するH+を無視して、『水溶液中のH+は全てHClが電離して生成するH+である』といって差し支えがない。これが、よく問題でみる『水の電離は無視できるものとする』である。

では、もし、HClが電離して生成するH+が”多くないとき”は本当に『水の電離は無視できる』のだろうか?例えば、めちゃくちゃ薄いHClaqのpHを考えてみたとする。

1.0×10-11mol/LのHClaqのpHを求めよ。

この場合、『HClが電離して生成するH+>>H2Oがほんの一部だけ電離して生成するH+は成立する』だろうか?HClaqは希薄水溶液なので、『HClが電離して生成するH+』はめちゃくちゃ少ないはずなので成立せず『水の電離は無視できなくなる』のである。

水の電離が無視できなくなる瞬間を計算式で見てみる

1.0×10-5 mol/LのHClaqのpHを求めよ。
(25℃条件下の水のイオン積は1.0×10-14〔mol2/L2〕)

1Lの1.0×10-5 mol/LのHClaqのpHを求めてみる。

水の電離の式はH₂O⇄H+OHである。ほんの一部だけ反応が右に進行することで,x〔mol/L〕だけ電離しているとする。つまり,この1L水溶液中に水が電離することで生成するH+はx〔mol〕となる。そして,この1L水溶液中に水が電離することで生成するOH−もx〔mol〕となる。

HClが電離して生成するHの物質量は,HClが完全電離するので,1.0×10−5〔mol〕となる。

水のイオン積Kw(=[H]×[OH])の式に上記を全て代入すると,

(1.0×10-5x)×x=1.0×10-14x2+1.0×10-5x−1.0×10-14=0

解の公式より,次の式が導かれる。

x≒0なので,水の電離はほぼ無視できることがわかる。また,HClが電離して生成するH+の物質量は1.0×10-5molであることからも,明らかに,1.0×10-5>>xなので,『水の電離は無視できる』ルールは使えるということだ。

水の電離を無視した場合も,水の電離を無視せずに計算した場合もpH=5となる。よって,水の電離は無視できる。

1.0×10-6 mol/LのHClaqのpHを求めよ。 
(25℃条件下の水のイオン積は1.0×10-14〔mol2/L2〕)

1.0×10-5 mol/LのHClaqのpHを求めた時と同じように立式してみると,

(1.0×10-6y)×y=1.0×10-14y2+1.0×10-6y−1.0×10-14=0

(※ yは水が電離して生成するH+のモル濃度)

解の公式より,次の式が導かれる。

y≒9.9×10-9 mol/Lとなる。この値は無視できるほど小さいのだろうか?HClが電離して生成するH+>>H2Oがほんの一部だけ電離して生成するH+といえるのだろうか?

HClが電離して生成するH+の物質量は1.0×10-6 molである。実際に水の電離を無視せず,9.9×10-9mol/Lを含めてpHを計算すると,

pH=−log10(HClが電離して生成するH+水が電離して生成するH)=−log10(1.0×10-6+9.9×10-9)=5.996

つまり,水の電離を無視せずにpHを求めると5.996となる。水の電離を無視してpHを求めると6となる。少しズレており,厳密には水の電離は無視できないことがわかる。

1.0×10-7 mol/LのHClaqのpHを求めよ。  
(25℃条件下の水のイオン積は1.0×10-14〔mol2/L2〕)

(1.0×10-7z)×z=1.0×10-14z2+1.0×10-7z−1.0×10-14=0 ⇔ z=6.18×10-8

HClから生成するH+が1.0×10-7 mol/L,水の電離で生成するH+が6.18×10-8 mol/L。もう明らかに水の電離は無視できない状況であることがわかる。

pH=−log10(1.0×10-7+6.18×10-8)=6.79

水の電離を無視した場合のpHは7であることから,もはや無視はできないことがわかる。

1.0×10-11 mol/LのHClaqのpHを求めよ。  
(25℃条件下の水のイオン積は1.0×10-14〔mol2/L2〕)

(1.0×10-11w)×w=1.0×10-14w2+1.0×10-11w−1.0×10-14=0

(※ wは水が電離して生成するH+のモル濃度)

解の公式より,w≒1.0×10-7〔mol/L〕となる。HClが電離して生成するH+の物質量は1.0×10-11 molである。もはや,こんなに希薄な塩酸水溶液においては,

HClが電離して生成するH+>>H2Oがほんの一部だけ電離して生成するH+

は成り立たず,

HClが電離して生成するH+<<H2Oがほんの一部だけ電離して生成するH+

となっている。水の電離を無視できるわけがなく,きちんと考慮して,pHを求めると,

pH=−log10(1.0×10-7+1.0×10-11)≒−log10(1.0×10-7)=7

となる。もはや,水の電離を無視するどころか,HClの濃度が薄すぎるので,HClの電離を無視しているのである。しかも,pH=7(純水と同じ)ときちんと計算できる。つまり,超希薄HCl水溶液の場合,pHは純水と同じ7になるというわけである。

濃度が高いほど水の電離は抑えられる

ここからは,半分雑談みたいなものなんだが,水の電離は水溶液が『濃いほど』抑えられるという話をする。今回取り上げた3つの水溶液でいうと,

  • 1.0×10-5 mol/LのHClaq
  • 1.0×10-6 mol/LのHClaq
  • 1.0×10-7 mol/LのHClaq
  • 1.0×10-11 mol/LのHClaq

である。それぞれの水溶液において,水が電離して生成するH+の量は,

  • 1.0×10-5 mol/LのHClaqがx〔mol/L〕(≒0)
  • 1.0×10-6 mol/LのHClaqがy〔mol/L〕(≒9.9×10−9
  • 1.0×10-7 mol/LのHClaqがz〔mol/L〕(≒6.18×10−8
  • 1.0×10-11 mol/LのHClaqがw〔mol/L〕(≒1.0×10-7

であったが,実は,xyzwである。つまり,『HClaqの濃度が高いほど水の電離は抑えられる』ということを示している。ルシャトリエの原理から考えても,HClが電離することで生成するHが多量に存在する水溶液では水の電離の平衡(H2O⇄H+OH)は左に傾いているはずである。

HCl濃度がいくらから無視ができなくなるかを示した表

[HCl]10−510−610−710−810−11
水の電離[H9.99×10−109.9×10−96.18×10−89.5×10−81.0×10−7
pH(水の電離無視せず)55.9966.796.987
pH(水の電離無視)567(8)(11)
1.0×10-7mol/Lあたりから無視ができなくなってきている

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