お疲れ様です。
どうもニシジマです。今、飲み会から帰ってきました。短答試験。38点。何度か採点してみて最初39点になったのが38点。
39点とわかって泣いて、また38点になって泣きました。この試験で何度となく泣かされました。
私なりに頑張りました。去年の短答試験が25点だったので、今年こそ受かるぞという気持ちでやりました。3月末から飲み会は(会社の1回の飲み会は除き)全て断って、休日は毎日10hほど弁理士試験に費やしました。でも、38点でした。合格最低点の39点に届きませんでした。(TACとLECの解答速報より)。
本当に不甲斐ない気持ちでいっぱいです。39点とわかった時は飲み会の途中でしたが、泣きました。こんな自分でも何とかここまでやり遂げられたのだと思いました。ダメ人間の私が覆せたようなそんな瞬間でした。でも、再度採点して38点でした。
また、泣いてしまったのですが、39点の涙と38点の涙は意味合いが全然違いました。こんな自分でもやれるんだという自分への称賛というか、そんな気持ちからくる涙でした。38点の涙は、やはり自分にできないのだという不甲斐なさからくるものでした。
本当に1点差だし、39か38かわからない一瞬の出来事でしたが、意味の違う涙を二度流すことになりました。悔しいというか不甲斐ないというかそんな気持ちでいっぱいです。
短答試験。たかが1次試験に過ぎないのですが、例年の合格率はたったの10%。東大・京大卒が半分近く受ける試験でたったの10%しか受からない試験に合格できた。こんな自分でもできるんだと思った瞬間でした。
私は”第一志望”に合格した経験は人生でありません。それは算段の甘さからくるものかもしれません。今回の1次試験の合格はそのくらい重い意味合いがありました。ですが、だめでした。
1点ですが、38点と39点では大きく違います。結局勝てば官軍です。
わかってます。39点取ろうが、生半可な知識だったので、どうせ短答の勉強は続けるつもりでした。それでも、受かったという事実は自分の経験にとってとてつもなく大きいものでした。それが1点、2択を間違えたあと1点。この1点で字のごとく泣きを見たというわけです。
ラスト10分。マークミスをしてないかを確認しようか、それとも29の2の時系列を再度確認しようか迷いました。かなり入り組んだ問題でしたが、図を描かずに自分なりに頭の中で考えて答えました。全問題のマークミスを確認して、そして、2択で外しました。
そして、落ちました。これが私の実力です。あと一歩なのか何なのかよくわかりませんが、自分の今まで生きてきた道筋を表しているかのようなそんな点数でした。
めちゃくちゃ悔しかったです。マークミスの確認なんてやめてればよかったかもしれません。色々言いたいことはあります。
でもこの38点を取るために3月末から飲み会をやめて、仕事以外の日は全て毎日図書館に引きこもって、10hの勉強をやってました。あの仕事の合間を縫ってやってた10hの勉強は38点を取るためだったのだなというやるせなさです。
自分なりには頑張ってました。ただ、頑張りが足りませんでした。最後に詰めようと努力しました。でもダメでした。足りませんでした。本当に悔しさと不甲斐なさの限りです。
でも、何を言ってもこれが自分の実力であるということも重々痛いほど自覚しております。何なら直前で積み上げた知識が出た部分もあるので、正直言って、実力+αの成果だとも思っています。38点は私の人生を表しているような気がします。正直な話をすると、38点を取るのではないかということすら思ってました。
ちょっと寝てよく考えます。私なりにできる限りの最善の努力はした結果です。これが私の実力です。
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