やはり、無理かもしれない。
正直弱音を吐きたくなってくる。この山を乗り越えられるにしろ、乗り越えられないにしろ、真剣に取り組んだことでしか教訓は得られないのだなとつくづく思う。人間頑張っていない時は自分の能力を過信して、やればできると思ったり、あの頃に戻ったらやり直したいとかって思うけど、実際どれだけ痛い目にあってもぬるま湯に浸かりきった人間が”あの頃”に戻ったところで何かが変わるわけもなく。実際に取り組んでみるとすさまじく泥臭い作業の繰り返しであることに気づく。
そしてダメだった時の自分を思い出して、やはりダメだなと再認識する。短レボを今やってるんだけど、めちゃくちゃ量が多い。そして、久々の条文に出くわすとどうだっけ?となる。思い出せないのは思考プロセスを度外視して、丸暗記に走るからで、丸暗記すると聞かれ方が変わったりすると趣旨を理解していなくて間違ったりする。でも、どうしても理解できない部分に関しては丸暗記に走らざるを得ない。本当に法律の勉強って途方もない。(かじった程度であるが。)
今年の短答試験がダメだったら撤退する所存。
多分、今年の短答が不合格だったら撤退する所存。もう心が持たないのもあるし、段々よくわからなくなってきた。大学受験でも1浪くらいはみんな元気にやってるけど、2浪、3浪と繰り返していくとどんどん沼にはまる。沼にはまると本当に人生が辛くなる。実際そういう人を多く見てきた。今年が2年目なので、いわゆる1浪組と言っていいと思う。今回成果を出せずにもう一年となると、もはや心が折れるし、そろそろ短答すら受からないようであれば撤退を考えるのが英断なのでは?と思ったりする。
弁理士試験を挑戦する前と今とでは少し自分自身のとらえ方が変わった気もする。正直、1年目弁理士試験を申し込んだ時は、「いや、1年で受かるでしょ!」という意気込みでやってた。だけど、実際は全くそんなに甘くはなく、最初の一次試験で躓いた。なんなら、全範囲を回すことだけで必死だったし、過去問も解ききるのが本当に精一杯だった。そんな初年度。結果は25点(60点中)。合格点が39点なので、あと14点上げる必要がある。
正直2年で短答合格できないのであれば相当センスがない気がするので、そろそろ撤退して自分のやりたいことに向かっていこうと思う。そんな所存。まとまりのない文章だけど。正直だいぶ疲れた。知財検定をさくさく合格していたあの意気揚々としていた自分がウソかのような感じで木っ端みじんにされてる。
いやあ世の中はとてつもない壁があって、こういう壁を難なく乗り越える人たちもいたりするのだなと思うと、自分の頭のポンコツさ、粘り弱さに辟易とする。もう本当にネガティブな文面になってるけど、そろそろ良い意味で潮時な気がする。もうきつい。正直。
休日を全部図書館かカフェにぶっこむ以上、必ず成果として報われる必要があるんだけど、もし受からなかったら、途中で撤退したらもはやこの時間は完全に無駄になるよなという気持ち。コンコルドの誤謬。だから走り切るという考え方もあるし、だから損切りをするという考え方もある。
もし損切りしたとしても、敗者の言い訳だけど、やってよかったと思う。自分の頭の良さ(悪さ)を正確に自覚する良い機会であったし、ちゃんと挑戦したという事実は、何にも挑戦せずに年老いてしまったときの「あの頃に戻れば」という後悔を消してくれる気がするからだ。
もちろん勝負事は勝ってなんぼだし、負けた以上は全て敗者の言い訳、たわごとになっちゃうんだけど、それでもやってみることで、世の中の士業で働いたり、難しい仕事をしている人たちへの具体的なリスペクトにもつながる気がする。とにもかくにも、人生は真剣に生きてなんぼだよな。とたまにはそういうことを思ったりするのである。30年ほど生きてきてやっぱり思い返すのは、しんどかった日々だったり、頑張った日々であって、漫然と過ごした日々を思い出すことは少ない。
だから、人生たまには休憩しつつ、たまには挑戦したりして真剣に取り組むみたいな感じで、+にもーにも色々振れてみるのが良いのかもしれない。何が言いたいのかよくわからんくなってきたがそんな感じ。
ちなみに…今の短答正答率は
ちなみに、短レボをやっていての枝ごとの正答率はおおよそ7割。あと半年足らずの状況で7割というのを多いとみるか少ないとみるかはまあ人それぞれだと思うけど、そんな感じ。間違えた3割を覚えなおす作業をしつつ、下三法も並行して回す感じ。最終的には過去問は9割近くは合わせていけるようにはしたいよね。
よくよく考えたら残り半年くらい、人生で半年くらいやりたいことをちょっと我慢して弁理士試験撤退するにしろしないにしろ真剣に取り組んだ方が後々自分の人生の糧になりそうだし、真面目に半年頑張ろうと思う。真面目にあと半年だけ取り組んでそこで出た結果を踏まえて今後どうするかを考えればいいし。この半年を惜しんで「いや、僕はピアノ弾きたいんです!英語の勉強したいんです!」とか言ってピアノ弾きだしたり英語勉強し始めたらマジでこれまで2年弱やってきたの何やったん?って感じだし、それこそ心残りになる可能性もあるし。
まずは半年やろうや。で、受かれば受かったでその結果を踏まえてどうするか考えればよいし、ダメならダメでその結果を踏まえてどうするか考えればよい。たかだかやりたいことをやるのを半年早めて何になると言うんやって話な気がする。半年早く英語の勉強始めたから英語上手くなるんですか?って感じだしね。とりあえず半年だけ走ってみよう。今宵の溜飲下げ掃溜めブログでした。
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