アラサー、仕事を辞めて世界一周してきたけど、もう世界一周はしない。
どうも、ニシジマ(@nishijima1029)です。大学入試の模試(化学)を作る仕事を10年ほどしていたのですが、ちょっと思い立ち、仕事を辞めてみようと思いました!んで、仕事を辞めて世界一周してきました!

期間は1か月。訪れた国は、
- アメリカ(サンフランシスコ)
- ペルー(リマ)
- ボリビア(ラパス、ウユニ)
- チリ(サンティアゴ)
- スペイン(バルセロナ)
- モロッコ(マラケシュ、メルズーガ、フェズ、シャウエン)
- ベルギー(ブリュッセルの近くを一瞬)
普段は弁理士試験の勉強の様子をブログやXやyoutubeで投稿してますー(こんな感じ↓)!たまに化学の記事も書きます!さっさと受かって弁理士になりますー。次の仕事も頑張らないと…。
仕事を辞めて世界一周をしてきた旅行記やっと書けました…(ここに上げてない原稿ちょいちょいある…)。あ~、色々あった…とりあえずめちゃくちゃ疲れました…。もう世界一周はしないぞぉぉぉぉ(体力的にきつすぎる)。いくらかかったとか、思い出系以外の話はまた別記事で書きます。動画も撮ったけど編集する時間なさそう。勉強しないといけないし、仕事始まるしな。

3/8、僕は電車でゲイに痴漢された
サンフランシスコに到着して、色々街を練り歩いた。すぐにペルーに向かわないといけなかったので、一泊二日のサンフランシスコ旅行だったが、ゴールデンゲートブリッジと、刑務所施設があるアルカトラズ島を見ることができてそれなりに満足した。

二日目、サンフランシスコの空港に向かうため電車に乗っていると、同じ車両に乗っていた40過ぎの男に「nice hair!」と声をかけられた。「あ、どうも。」と返すと、私の横に座ってきた。(何でこんなに席が空いてるのに横に座るんや。)と怪訝に思いつつ、財布が入ったポケットを抑えた。その男は私の気を逸らすためか何やらよくわからんことをごちゃごちゃ言って私が抑えているポケットの辺りを触ってきた。(ほら見てみろ!その手には乗らないぞ。財布をしっかりと握って絶対取られないようにしなければ!)と構えていると、どうやらその男の目的は財布ではないようだった。財布の少し隣の鼠蹊部をズボンの上から入念に揉んできたのである。
(や、やべぇ…痴漢かも…上方置換かも…下方置換かも…サンフランシスコ痴漢かも…T_T)と内心焦った。
冷静に考えると、痴漢かも…じゃなくて、痴漢である。これを痴漢と言わずして何を痴漢というのかというくらいのしっかりとした楷書体の痴漢である。男は右手で私の太ももを執拗に揉みながら、左手で私の手を握り、挙げ句の果てに電話番号の交換を求めてきた。何か出来の悪い官能小説を書いてるような心地になってきて、気分が悪くなってきた。
「抵抗しろよ!」と思うかもしれないが、急に来られると意外と何も言えない。男は、完全にポチに成り下がった私のほっぺたをつねりながら「Can I kiss you?」と尋ねてきた。やりたい放題である。私は仕方なく目を閉じ、書き初め楷書体痴漢野郎の唇を素直に受け入れた。
なんてことはまるでない。ポチもさすがに黙ってはいられない。”窮鼠猫を噛む”ならぬ、窮ポチゲイを噛んだ。「No way!」と答え、すぐさま電車を降りた。

一応断っておくが、男性が好きなことは何ら問題ではない。趣向は個人の自由だから否定するようなものじゃないし、みんな好きにすれば良い。だけど、お前のやってることは単なる痴漢だ。では、この事案がどのぐらいやばいか分かりやすく説明しようと思う。
昼下がり電車に乗ると、偶然めちゃくちゃ可愛い女子大生が乗っている。思わず欲情し、いきなり「髪型可愛いね。」と声をかけ、横の席に座り、女子大生の太ももを揉みながら手を繋ぎ、電話番号を聞く。挙げ句の果てに女子大生のほっぺたをつねって「チューしようよ〜ん(^。^)」と言うのである。48pt太ゴシックの盛大なる痴漢であり、完璧なお縄案件である。次会ったらアルカトラズ島の刑務所にぶち込んでやろうと思う。

3/15、ウユニの町にある日本食レストランみたいな生き方が一番楽なのかもしれない
日本食が恋しくなり、ウユニにある唯一の日本食レストランに入った。唐揚げ定食900円。特別美味しいわけでもないし、かといって不味いわけでもない。もし大阪にあの店があったら一瞬で潰れてしまうだろう。でも、ウユニの町にあるから大繁盛。世界中の旅行客が物珍しさに食べにくるし、海外旅行に疲れて日本食を食べたい日本人にもウケる。定食屋の壁にはたくさんのポストイットが貼ってあった。世界中の旅行客によって各々の母国語で書かれたメッセージを眺めながらそんなことを思った。

この定食屋さんは味でも値段でもなく、場所で勝負してる。私は東大卒でもないし、大学院も出ていない。無論、頭がキレるようなタイプではないので、味や値段(クオリティやスピード)では勝てない。それならこの日本食レストランと同じように他の人が手をつけないようなことをやるのもいいかもしれない。生存戦略だ。
そんな風に考えると食べている唐揚げがほんの少し愛おしくなり、私の前でテレビをぼんやり見ている定食屋のおばちゃんがとんでもない策士に見えてきた。鶏胸肉の唐揚げを頬張り、久しぶりのジャポニカ米を掻き込んだ。45ボリビアーノを支払って、店を出るときに背中越しに声をかけられたような気がした。「いや、美味いんよ。」ごめん、確かに美味かったわ。

ウユニ塩湖の記事はまた別記事で書きます。まだまだ、ウユニのおじさんと出会ってベンチで雑談をしていた話とか色々原稿がたくさんあるので…。

3/17、海外に来ると独り言の声が大きくなる
旅中ずっと独り言を、当然日本語で話していた。当たり前だけどスマホにメモをしたりするのも全部日本語。私の周りの人にとっては謎の言語を話していたり、謎の文字を打ったりしてるように見えるのだろうなと思うと「何を言っても大丈夫だ。下ネタを大声で言っても捕まらないのだ。」という謎の安心感に包まれる。
そう思うと清々しい感じがしてきて、普段抑制されていた何かを南米チリで発散するべく、大声で公序良俗に反する発言をしそうになる。しかし、冷静に考えて周りにいる人たち全員が日本人じゃない保証はどこにもないし、日本が大好きで日本語を話せるチリ人が大声で公序良俗に反する発言をする私を見たら、日本を誤解させ、日本に対し幻滅の念を抱かせ、ひいては国際問題に発展してしまうのではないかと危惧し、自重することにした。
日本で生活をしてる時は、色んな意味でスマホに覗き見防止フィルターを貼って生活してるようなもんだけど、海外に来ればもうこっちのもの。南米に日本人はほとんどいない。ということで気兼ねなく、レシートを見ながら「これは高過ぎやろ…。」とぶつぶつ文句を言っていた。

3/18、痒いところに手が届かないのを楽しめないと海外旅行は楽しめない。
英語が通じなくてもいちいちgoogle翻訳してられない。
海外に来ると幸せの基準を下げることができる。というのも、海外ではとにかく痒いところに手が届かないのだ。安いホステルをとってるのでまず石鹸がないし、シャワーを浴びる時に物置きもないから眼鏡を置いておく場所もない。すべては自前でよろしくだ。また、出掛けるときに、(バックパックを置いて外に出掛けるから部屋に鍵をしておかないといけないよな。だけど、鍵をしたら部屋の掃除してもらえないかもしれないな。)と考える。こういうのが英語圏だとフロントに聞いてどうにかなるんだけど、スペイン語しか通じないからめんどくさくなって尋ねるのもやめてしまう。結局、鍵をして出掛けたが、案の定部屋の掃除はされていなかった。昨晩使ったタオルはさすがに濡れてるし、これでシャワーをもう一度浴びるのもな…と思って、Google翻訳を駆使して何とか難を凌いだ。

メニュー表のスペイン語がわからない。
レストランに入ってもメニュー表はスペイン語でしか書かれてないし、店員さんに英語は通じない。日本なら「これってマヨネーズ入ってます?」とか「結構量多いですかね?」とか聞けるけど、そういう細かいことはもはや聞かない。とにかくいちいち聞いてるとキリがないし、めんどくさいので、昨日訪れた教会にあったマリア像を思い出しながら(マヨネーズ入ってませんように…)と祈った。結局、クリスチャンではない私の祈りはマリア様には届かず、頼んだハンバーガーには多めにマヨネーズが入っていた。

温い味噌汁でもありがたい。
味噌汁を作ろうとするとウユニやラパスは標高が高すぎて沸点が70℃くらいになる。なので、残念ながら温い味噌汁しかできない。味噌汁に乾燥野菜ミックスを入れて栄養補給をしていたが、案の定、乾燥野菜は70℃では戻らず、ミイラ化したままの堅いキャベツの切れ端と乾燥したコーンが入った温い味噌汁を飲んだ。それでも日本を感じることができたし、外国の食事を摂り続けていた私にとってはありがたいものだった。



ペットボトルの中身が水なのか炭酸なのかわからない。
コンビニ(のような売店)で水を買うときも、ペットボトルの中身が水なのか炭酸なのかは賭けである。「だから、Google翻訳で聞けよ!」って思うかもしれないけど、こんなことくらいで毎度毎度聞いていたら聞くことだらけで前に進まない。そして何より、海外用simカードが6GBを境に止まるのである。「帰り道は調べられなかったけど、炭酸じゃなくて良かった〜!(>_<)」ではないのである。ニシジマは無宗派から10秒だけクリスチャンに改宗し、もう一度マリア様にお祈りを捧げた。日頃の行いに鑑みれば当然水であるという圧倒的な自信のもとに、水か炭酸かわからない液体を購入し、キャップをグイッと開けてみた。
静寂に包まれた真夏のサンティアゴに「プシュッ。」と渇いた音が虚しく無慈悲に響いた。一筋の涙がニシジマの頬を伝った。レストランからホステルに帰ってきて「プシュッ。」、風呂上がりに「プシュッ。」、夜中に喉が渇いて目を覚まして「プシュッ。」、ペットボトルのキャップを捻るたびスペイン語がわからない私を何度も愚弄してきた。

3/26朝、サンライズとサンセットの違いがわかる機微な感性を持ち合わせていないので昼まで寝ていたい。
今、朝の6時。砂漠の上でiPhoneのメモ帳にこれを書いてる。気温は10度ほどあるけど乾燥していて寒い。ツアー客のみんなとサンセットを見ているとガイドから「明日はサンライズを見るからね!」と。あいにくサンライズとサンセットの違いがわかる機微な感性を持ち合わせておらず、今朝は眠気まなこを擦りながら「昼まで寝とこや。」と無粋な発言が喉元まで出かけた。

ポチポチとメモ帳に文章を書いていたら、昨日のサンセットと寸分違わない太陽の光が昨日のサンセットとは逆側からうっすら見えてきた。全く期待していなかった朝日であったが、異国の地で見る太陽の光はいつもより少し眩しくて、いつもより少し暖かく感じた。なんてことはまるでない。地球のどの地点にいようと地球と太陽の距離は1億5000万kmである。「いや呑気に昇ってきてるけど、この寒い中お前待ちなんよ。」と砂漠の山と山の切れ端から出てきそうになってる太陽に語りかけると、これ以上ないしたり顔でゆっくりと寒さに震える私たちを出迎えた。

「私も出かける時に玄関ではなく勝手口からゆっくり出てくるだけでこのくらい歓迎されたい。」と満を持して登場する太陽を眺めながら思ったが、私ごときでは無理な芸当である。「何してんの!早よしいや!鍵締めた?」と詰問されて「見てきます。」と答えるのがオチである。早朝のサハラ砂漠で勝手口から堂々たる姿でゆっくりと出てくる太陽と、それを今か今かと待ち構えながら写真を撮りまくるツアー客を眺めながら、太陽の偉大さとニシジマの卑小さを深く理解した。

3/26夜、そういえばヘナのタトゥーが消えた。
そういえばサハラ砂漠に行ってマラケシュに帰ってきてる間にヘナという植物の色素で描かれたタトゥーが消えた。サハラ砂漠に出向く前、マラケシュの街を歩いていたら急に黒いスカーフで顔を隠した女性に強引に右腕を引っ張られて描かれた変なタトゥーだ。何の前触れもなく私の右腕に描いてきたので、「やめて下さいよ〜。」と言うと、その女性は微笑みながら「あなたの幸せを願ってこれを描いてるの^^」と答えた。「お金持ってないですよ?(というか答えになってないけど?)」と尋ねると「大丈夫^^安心して^^」と言いながら、パンに塗るチョコレートみたいなものでそこそこ上手な花の絵を描かれた。満足するまで描くやいなや「はい、代金ちょうだい^^」とすかさず言ってきた。油断も隙もない。「お金持ってないって言ったやん!」と語気を強めて言うと、人殺しを見るような目で睨みつけて「fuck!」と返された。数秒前までお金なんて要求せず、微笑みながらただ私の幸せを無償で願ってくれたあの女性はどこへ行ってしまったのだろうか。女子の心は秋模様。青二才、未熟者の私には到底ついていけないものがあった。

そんなこんなで、右腕にヘナの変なタトゥーを入れたアジア人はサハラ砂漠に向かうこととなった。サハラ砂漠はメルズーガと呼ばれる街、アルジェリアまで20kmのところにある国境付近まで10時間以上かけてバスで行くことになる。往復3日間の壮大なツアーで、砂漠の真ん中に張ったテント泊もする。



サハラ砂漠のツアー客は皆ヨーロッパの方で、私が唯一のアジア人であった。お一人参加のフランス人マダムを除いて、皆20代半ばと言ったところだった。無論、私以外は英語がペラペラで楽しく談笑をしていたが、なかなかそこに入ることはできなかった。が、みんな親切に話を振ってくれ、何度も聞き返したりしたが嫌な顔一つせず言い直してくれた。ツアーガイドのおじさんも英語を話すのだが、彼らの英語は訛りが強すぎてわからなかった。そこで、フランス人マダムにお願いして、今後の予定やどこに集合なのかなどを英英通訳をしてもらった。
とにかくみんな親切で、最後はインスタ教えてよ!と言ってくれたり、最後バスを降りて帰るときは、みんな私の名前を呼んでくれてお別れをし、ホステルに向かった。

3/28、モロッコ人は距離感が近くて、親切で、愛国心が強い
マラケシュを出て、22時過ぎにフェズの空港に着いた。空港から市街地まで10kmほどある。この時間ならもはやタクシー一択だなと思っていると、タクシードライバーのおっちゃんに声をかけられた。推定65歳。ということで、声をかけてくれたおっちゃんにボラれないように細心の注意を払い、金額を尋ねると200mdh(3000円ちょっと)で市内まで連れて行ってくれるとのことだった。時間も夜遅かったのでさっさと乗り込んだところ、どうやらフランス語しか話せないらしい。これは完全に詰んだ。こっちが英語で話かけても全く通じておらず、フランス語でおもっきり話しかけてくるので、とりあえずテキトーに合わせておいた。「ホステルの電話番号を教えろ」とどうやら言ってるっぽかったので、Googleで何とか検索して探してみた。(後々わかったのだが、どうやらホテルに電話を入れることで、「今からチェックインするけどいける?」的な電話を一本入れてくれるようだった。多分。)

google検索をするが電話番号が見つからない。「探してみたんだけど見つからないんだよ。」と英語で伝えるも何も通じず、万事休す。
そうこうしながら電話番号を探すのに苦戦していると、何とか電話番号を探し出すことができた。「見つかったよ!」と伝えると、おじさんは徐に自分の携帯を差し出し、「この携帯で電話をかけろ!」と言ってきた。多分。フランス語表記の画面をテキトーに触りながら何とか電話をかけると、おじさんが電話を取り、「今からホステル行くから開けといてな。1人ジャパニーズを連れて行くから!」と伝えてくれた。多分。そして私に「ホステルの近くは道が細くなってる。手前で下ろすから、5分ほどは歩くことになるけど大丈夫?」と言ってきた。多分。「了解っす。(多分。)」とだけ答えると、ひと通りの難題をクリアしたところで、真っ暗闇の外の景色を指しながら色々と解説してくれた。
何一つおっちゃんの解説はわからなかったが、モロッコで出会った人たちのことを振り返ると、モロッコ人は総じて「案内したがり」だ。最終的にチップをせがむタイプの案内したがりもいるので気を抜けないんだけど、多くは単純に世話を焼いてくれる感じで、おもてなしの心が厚くて距離が近い。

これは私の推測に過ぎないんだけど、ツアーに参加したときのツアーガイドさんもそうだし、アイトベンハドゥという地を訪れたときに、そこで育った方のその土地の解説をする様子もそうなんだけど、とにかく自国愛が強い感じがする。「俺の国、俺の街ってこんなにすごいんだぜ!」「もっとすごいところいっぱい教えてあげるよ!」といった具合である。そして、「そんな遠くから来てくれてありがとう!!」というような空気感がある。
単純に旅行客に日本人が多くて、物を売るために簡単な日本語を仕入れてるのはそうなんだけど、売りつけてやろう!という姿勢ありありのスタンスで「ヤスイ!アリガトウ!コンニチハ!」と声をかけてくる感じでもなくて、割と純粋に声をかけてくる感じがする。店の人じゃなくても通りすがりに意味なく「ジャパン?」と声をかけてくる感じで「ジャパニーズ!」と答えると「アリガトウ!ドウイタシマシテ!」と返されるようなそんな感じ。モロッコ人は距離感が近くて、なかなかおもてなしの心が厚くて愛国心が強い。そんな風に感じた。


4/2朝、最終日、北京の空港でテキストを失くした
日頃からよく言ってることだが、過去と他人は変わらない。未来と自分だけ変えられる。全くもってその通りで、変わらない過去や他人に執着しても全くもって時間の無駄なのであり、どうにもならないことは潔くさっさと切り替えないとどんどんコストがかかる。それを踏まえた上で今朝の出来事を簡単に説明すると、機内に弁理士試験民法のテキストを忘れてきた。今とてつもなく過去に執着し、どうして忘れてきたのかという終わらない問答を繰り返し、多大なるコストをかけて無駄な時間を過ごしながら関空行きの飛行機をゲートで待っている。
世界一周を共にし、砂漠も長距離バスもウユニ塩湖も空港までの行脚も全て共にしたテキストだが、とうとう北京でお別れのようだ。行く先々でテキストに思い出を書きまくっていたが、おそらく近いうちに北京のゴミ収集場に送られ、燃やされて大地に帰る。
ベルギー発北京行きの長距離フライトだったので機内で勉強をするためにテキストを取り出しておいたのだが、座席に置いたまま機内を出て、保安検査場を通過し、関空行きの出発ゲートに向かってしまった。時すでに遅し。乗っていた飛行機からはかなり多くの関門を通過しているので逆戻りは当然できない。一応検査官に「你好、テキストを機内に忘れたんだが、探してくれないか謝謝?」と伝えた。検査官が電話をしてくれたのだが、結局見つからなかった。航空会社のラウンジの受付にも聞いてみたが、「仮に見つかったとしても2時間後には関空行きの飛行機に乗るのなら多分もう無理だよん。」と言われた。「中国に近いうちにまた来る?」とも聞かれたが、来る予定もないので万事休す。こうして、世界一周を共にした彼とは北京でお別れすることになった。さようなら。達者でな。
ということなのだが、実はこんなこともあろうかとiPadにpdfを仕込んでおいたのだ。用意周到なのかうっかり者なのかよくわからない。兎にも角にも旅に出る前に一応pdfをとっておくかと何となく思ったのは英断としか言いようがない。これを印刷して彼のクローンと共に弁理士試験の選択科目を乗り越えようと思う。

↑この文章を書き終わってすぐ、搭乗口の列に並んで飛行機に乗り込もうとパスポートと搭乗券を係員に見せたときに、、、こっ、これは!!!搭乗口のボードの上にテキストが、、、!!!もう帰ってこないと思った彼が帰ってきたのだ。本当に驚いて、「ああ!これ!!」とだけ言うと係員がどうぞ。と差し出してくれた。嬉しくなって写真を撮り、すぐさまXに喜びのポストをした。今からこのテキストに今の気持ちをしたためようと思う。
4/3夜、家に帰ってきた。

昨日のお昼に家に帰ってきた。身体がクタクタ過ぎて、マンションに着くやいなや冷蔵庫にあったビールを飲んで爆睡した。気づいたら夜になっていた。番外編でよく撮れているシャウエンとマラケシュにいた猫たちの写真を上げてブログを締めくくる。明日からまた色々頑張っていこう。その前に部屋片づけないとな。





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